このくにのサッカー

澤 穂希 × 賀川 浩

対談風景

対談相手プロフィール

澤 穂希(さわ ほまれ)
(写真右)(写真:中島真)
1978年9月6日、東京都生まれ。府ロクサッカークラブでサッカーをはじめ、1991年に読売サッカークラブ女子・ベレーザに入団。その後、アメリカのチーム、日テレ・ベレーザなどを経て、2011年から2015年にはINAC神戸レオネッサでプレーした。FIFA女子ワールドカップは1995年から2015年までの6大会に出場し、2011年FIFA女子ワールドカップドイツ大会では優勝。個人としても得点王とMVPを獲得した。オリンピックには、1996年のアトランタオリンピックから、準優勝を飾った2012年のロンドンオリンピックまでの4大会に出場。2011年には、国民栄誉賞、FIFA最優秀選手賞を受賞した。

対談の前に

 澤穂希さんは日本女子サッカー界のペレだと私は思っている。そこにいるだけで存在感があり、プレーで試合に貢献した。ここぞというチャンスをつかむときの果敢な飛び込みや、ちょっとヤバいぞという場面に彼女は必ずいた。相手のチャンスをつぶすプレーはどの試合でも、どの局面でも秀逸だった。引退表明からあまり日の遠くない対談は早いテンポで進んでいった。

※この対談は、澤穂希が現役引退後、初めてなでしこジャパンの試合をテレビ中継でゲスト解説した翌日に行われた。(2016年2月29日のリオ五輪アジア最終予選、なでしこジャパンvsオーストラリア戦、1−3で敗戦の翌日)

対談

最後のシュートがヘディングだったのは

賀川:澤さんのことはいろいろなところで書かれているけど、澤さんがどれだけ上手かったかということは誰も書いてないよね。

澤:全然上手くないですよ、ほんとに。

賀川:例えばヘディング。「ヘディングには自信あり」と思うようになったのはいつごろからです?

澤:小さい時も、中学、高校になってもヘディングが苦手で、嫌いだったですし、プロリーグができた時にアメリカに行って、本当に自分のヘディングの出来なさを痛感しました。選手としてのキャリアの後半からは、なでしことかINAC神戸で、ニアサイドの最も危険な場所を任されるようになりましたが、アメリカでは私はもう役立たないという感じでした。「澤はヘディングが得意じゃないから」と、コーナーキックの守備でも前の方に残されたぐらいで、本当にヘディングができなかったんですよ。でもアメリカのチームでやっていくうちに、背の高い、身体能力の高い選手と対戦しなくちゃいけなくなって、そうすると自然に、ヘディングのタイミングや、ボールの落下地点の予測をだんだん習得しました。徐々にヘディングを不得意と思うことがなくなって、ずっとやっていたら右利きでも左利きでもなく「頭利き」ぐらいに頭でボールを扱うことができるようになって、自分のタイミングが身につきました。やっぱりヘディングって教えてもらっても、そのタイミングって本人の感覚でしかわからないから。

賀川:そうやね。ボール出た瞬間の強さや高さを見て「ここ!」というタイミングを瞬時に判断するんやね。

澤:本当に、自分がやってきて経験してきてってという感じだったので、得意だなと思えるようになったのはここ5、6年ですかね。自信持ってできるようになったのは。

賀川:現役選手として最後の公式戦、皇后杯決勝の試合でみせた得点もヘディングでしたし、ワールドカップドイツ大会決勝の、延長後半の同点ゴールもヘディングのつもりで行ったら中途半端な高さだったから足でいったわけでしょ? 僕はあの得点のときに「やっぱりヘディングの上手い人は、空中のボールにとっさにああいうことができるんだなぁ」と思って見てたんです。だからいつごろからできるようになったのかなと思ったんです。釜本なんかは背が高かったのに、高校のころはヘディングはほとんどしてないからね。

澤:背が高いからヘディングが得意とか、背が低いからヘディングが不得意とかじゃなくて、なでしこで自分より身長が低い選手でもヘディングが上手だなと思う人もいるので、やっぱりタイミングなのかなと思います。

賀川:そういえば、つっこんでいってGKとぶつかってこぼれ球を誰かが決めた場面をテレビで見ました。

澤:多分私が高校生の時のアトランタのオリンピックじゃないですか?あのときは今じゃ絶対考えられないですけど、怖さはなかったんですよ。怖いっていうのを経験してなかったから、とっさの判断で突っ込んで行きました。年齢を重ねてからは怖くてあそこに突っ込めなくなりましたね。

ショルダーチャージの名場面

賀川:15、6の時に自分がどんな選手になりたいとか、誰が上手いなとかはありましたか?

澤:私がベレーザ(読売サッカークラブ女子・ベレーザ、現:日テレ・ベレーザ)に入ったのが12歳の時で、大先輩の本田美登里さんや高倉麻子さん、野田朱美さんたち日本代表の中心の選手が近くにいたのでその人たちが目標の選手だったんです。その当時は若手が私ぐらいだったので、お姉さんたちにかわいがってもらって、練習のときとかも一緒にボールを蹴ってもらったりとか。あの人たちにはすごくあこがれてましたね。

賀川:なるほどね。その頃はまだ国際試合なんかもテレビで見られないから、海外の誰それなんていのもなかったね。

澤:中・高校生のころはアメリカ代表のミア・ハム選手が本当にスーパースターでした。あとはミシェル・エイカーズというアメリカ代表の10番をずっとつけていたすごい人がいて、その人たちとはいつ対戦しても、高さもあってテクニックもあって圧倒されましたね。

賀川:大きくて速くてうまい、と。

澤:すべてそろっている人でした。そういうアメリカのスーパースターと対戦してみて、日本代表になりたいとかオリンピック行きたいとかワールドカップ行きたいっていう目標ができました。そのアメリカ代表の選手たちと一緒にプレーしたらどれだけ楽しいんだろうなぁとか、どれだけ自分の力が通用するのか、海外にチャレンジしたいなって思えたんですよね。

賀川:あの時は一人でアメリカに行ったね。海外で一人暮らしなんていうのは平気だった?

澤:そのときはアメリカ人選手のお家にホームステイさせてもらって、そのあとに日本人とアメリカ人の3人で住み始めたんですよ。みんな仕事したり何かしたりでバラバラだったので、一人でいる時間もあったんですけど、意外にちゃんと生活できましたね。ごはんも作って、自分で出かけて。その当時はまだ車もなかったので、バス乗り継いだり路面電車に乗ったり。

賀川:今まで一緒にやってみて「この選手にはちょっとかなわんな」と思ったは選手いますか?

澤:いっぱいいますよ。アメリカ代表の選手はだいたいそうですし、もちろんブラジルのマルタも、フランスの選手も。みんなプレースタイルがそれぞれ違いますから、もちろん自分がここは負けたくないとか負けない部分がありつつも、「本当にうまいな」という選手ばかりです。

賀川:バロンドールの時にマルタとアビー・ワンバックと3人一緒に歩いてたね。マルタなんかを見た時に「私はこの点では負けないぞ」というのはある?

澤:うーん、マルタの左足はすごいけど、マルタには守備では負けないかな、多分(笑)。テクニックや攻撃のスピード、アイディアはマルタって本当にすごいなって思いますよ。

賀川:全体の流れのつかみ方とかは。

澤:つかみ方や戦術理解度は、私の方が絶対マルタより上だと思います(笑)

賀川:2004年の北朝鮮との試合(アテネ五輪アジア最終予選 準決勝)、僕もあの試合を見て女子サッカーファンになったわけですけども、足を怪我して出ていたでしょう?痛い脚を引きずって出場して、いきなり北朝鮮の選手にショルダーチャージをしてボールを奪って、そこから点にはならなかったけどチャンスにつなげましたよね。あのときは意識して「ここで一発かましてやろう」っていう風に思った?

澤:あの時はもう無意識でしたね。本当に自分の膝のことしか考えられなくて、あまり余裕はなかったです。「あの一発でなんとか行けると思った」っていう選手もいました。試合に入るときには相手にガツンと行くところは行くという厳しさとか、そういうプレーは必要だと思っていました。たまたまあの時はそれが勢いよくできましたね。

賀川:それは試合の流れの中で大事なところですね。

澤:ありますね。昨日の試合(リオ五輪アジア最終予選、なでしこジャパンvsオーストラリア戦)も、日本の球際の弱さがすごく目立っていたし、攻めているんだけど、点を取りきれないとか、連携・連動ができていなくて個で動いている感じだったですね。一人でボールを奪えないことは多いんですけど、いい時にはそのこぼれ球をちゃんと拾えていたりします。昨日はそれが向こうのボールになったりしていましたね。

賀川:2人、3人でかかって相手の2人とごちゃごちゃやって、取れたかなと思ったら取られてる。

澤:それで結局、人数は掛けるけれど取れないで、そこから逆サイドに振られたりとかして。

賀川:そこで2人、3人になっても一対一のつもりでガツンと当たって取ってしまえば楽になるのにね。

澤:そうですね。あそこで取り切れる・取り切れないでガラッと試合の流れも変わってくるので、それが昨日は足りなかったと、すごく感じましたね。

賀川:これは言うても仕方ないけど、澤さんが試合の中にいれば、それをみんなに言えるのにね。

澤:いやいや(笑)。でも言わなくても、自分はできることを一所懸命プレーで見せていたほうだったと思うので、そういう選手が一人でも多くいると、見てる選手も自然に自分もやらなきゃいけないという気持ちになると思ってプレーしていました。

前を向く

賀川:子供のころは蹴る方が面白かった?ドリブルする方が面白かった?

澤:どっちかといえば、ボールはいつも蹴っていました。コーンとか立てていろいろ練習したりとかもちろんありましたし、チームとして1対1とかの練習もよくありましたけど、あまりドリブルとかも上手じゃなかったから、やっぱり兄と一緒にボールを蹴ったり、壁にボールを蹴ったり。今だとすごい迷惑だったなと思うのですが、近所の人の家の壁をゴールにしてましたね。

賀川:右でも左でも蹴っていた?

澤:そうですね。小さいときに右も左も蹴る練習をしていたので、大きくなってもそれなりに蹴れたのかなと思います。

賀川:なでしこの試合を見ていても、利き足だけの片足でやってると、相手の長い脚に引っかかりますよね。日本の選手のようにリーチがなければ、両足で蹴る方がチーム全体としてボールを動かしていく方向がはるかに増えるわけですよね。澤さんのような見本がいなくなってしまったことは本当にもったいない。澤さんにはパスの形がいくつかあるでしょう?自分である程度の長いパスも正確に蹴れるという自信を持ったのはいつ?

澤:いつなんだろう?わからないですけど自然に、です。下手だったので、自分なりのパスの質とかパスの精度を高めるために、とにかく練習ばかりしていましたね。

賀川:男子でもそうだけどコーナーキック蹴るのに、中央よりニア側ならコントロールできるけどファーポスト側へ落とすとなるとちょっとしんどいというような選手もいますよね。

澤:コーナーキックは蹴れるんですけど、女子だと男子よりキック力がないから、一発で逆サイドまで蹴ってサイドチェンジできる女子は、なかなか日本ではいないですね。

賀川:海外の選手は結構強い球を蹴るからね。強い長い球を蹴れないっていうのは日本の女子のサッカーの弱みですね。まぁ男子サッカーでもそういうところはありますけどね。

澤:一発でサイドを変えるっていうのはちょっと女子では難しいかなと思いますし、どうしても1つ、2つパスをつないで展開しなきゃいけないっていうのは女子特有だと思います。

賀川:自分のところからいいパスを出したり、いいタイミングで仲間を使ったりしてチャンスを作ったりするのと、自分が出て行って点を決めるのと、子供のときはどっちが好きでしたか?

澤:子供のときから攻撃が大好きでした。2008年に佐々木(則夫)さんが監督になるまではずっとオフェンシブなポジションで、点を取ることが自分の仕事だと思っていたので、前に前に」で守備が大嫌いだったんです。でも佐々木監督が4-4-2にしてから「あれ?やるところないな、どこのポジションで使われるんだろう?」と思っていたらボランチになって、守備の練習を自分なりに意識してやりましたね。

賀川:点を取ることが好きだったときは、前残りでゴールに背を向けてボールを受けるというタイプだった?

澤:相手を背中において前を向くことが苦手で、ずっと課題でしたね。「もっと前向ける」っていうのは周りからも言われていたし、監督からも言われていたけど「安全に、安全に」みたいな感じでやってましたね。

賀川:でも、いざ前を向けば、まぁ「さぁ来い」と?

澤:そうですね。「前向きになったら怖い選手」ではいたいなと思ってましたね。

賀川:そう考えていた澤さんだから、後ろから上がってくるかたちが一番点が取りやすいんやね。

澤:クロスからの点とかも多かったですし。

賀川:前に残って、後ろを向いたかたちから点を取れることは一つの能力やけど、前に残っているということは、ある程度サボらないとできないからね。勤勉だとついボールに寄って行っちゃう。

「そういうのが今の子にはないのかな」

賀川:一日中ボールを蹴っていたというのは、どれくらい蹴っていたの?

澤:数えたことはないですけど、校庭で男の子とボール蹴ったり、帰ってきたら兄と蹴ったり、練習がないときはそういうことをしていました。小学生の割には結構練習量が多くて、週4、5日ぐらいあったので、いつも学校から帰ってきたら着替えて練習に行くっていう感じでした。ベレーザに入ってからは練習や試合の何時間も前に行って、空いてるグラウンドでボールを蹴ったり、終わってから、「早く帰れ」って言われてもグラウンドにいましたね。

賀川:それが当たり前のようにも思うけどね。ときどきINACの六甲アイランドのグラウンドに覗きに行ったりすると、早く来て一人でボール蹴っているコは全然いないね。

澤:そうですね。グラウンドを借りている時間帯が決まっているからですね。そうだとしても、自分たちが小さいときと比べると、そこまではやってないかもしれません。

賀川:クラブに入ったばかりの18、9歳とかは、いくらでも伸びしろがあるのにね。

澤:自分の若いときと比べて何が違うかと言えば、貪欲さが違いますね。私がベレーザに入った頃は、10歳以上、歳が離れたお姉さんたちが中心で、まだまだ自分は下手だし足りないことが多かったのですが、とにかく試合に出たい気持ちが強かったのを覚えています。それで、いつもお姉さんたちの後ろでウォーミングアップをしていたんですけど、「この試合は絶対出たい」と思うと、普段絶対にしないのに先頭に行って走ったりとか、アピールは半端じゃなかったですね(笑)。

賀川:デモンストレーションしてね。

澤:そういうのが今の子たちには、ないように思えます。「出られないのが当たり前」じゃないだろうけど、「何が何でもポジションを奪ってやる」っていうくらいの強いメンタルを持ってる子は少ないようにみえます。

賀川:隠れてボールを蹴ってるような顔をしてるけど、誰か見てくれていないか、とか。

澤:でも、監督とかって結構そういうのを見てるんですよね。上手くなりたいとか試合に出たいっていう気持ちを格好悪いって思っているのかも知れないですけど、もっと貪欲に出してもいいんじゃないかなっていうのはすごく感じますけどね。

賀川:そうしてやってきたことに関しては、子供のときから今までの蓄積は大きかったと思う?

澤:それがなかったら、今はないですね。やっぱりちゃんとした土台、ベースを作らないと。レンガの積み重ねみたいな感じで、下のベースがないと上には行けないと思います。基礎は小学校のときからしっかり教えてもらいました。止めて、蹴るっていう単純なことですけど、それができないとちゃんとサッカーができないので。

賀川:釜本なんて記者が取材に行くと「止めて蹴るだけや」って、そっけないから若い記者には気の毒やったけど、その通りということやね。止めて蹴るだけということ。それがもう毎日毎日の繰り返しで、目を閉じていても、ここで止めたらここで蹴るというだけのことで、その反復やね。デットマール・クラマーと話をしていて、何かの話で「そのやり方がいいんだ」とこちらが言うと、クラマーが「それを反復練習するんだ」と、いつもその話ですよね。まぁ退屈なものやけどね。それが一番大事なものですよね。

「代表選手なんだから」

賀川:INACの最後の試合で、コーナーキックからヘディングでゴールしたとき、キッカーの川澄とは蹴る前に目が合った?

澤:相手(アルビレックス新潟レディース)の監督が、昔なでしこのスタッフだった方で、選手一人ひとりの特徴を知っているので、私がニアが好きっていうのもわかっていて、コーナーのときに向こうの背の高い選手をニアに固めていたんですよ。なので、あの試合ではファー気味から狙っていたんですよね。何本か続けるうちにゴールに近づくような感じだったので、最後は多分、川澄選手がそこを狙ってくれたと思います。

賀川:あれはいいキックでしたよね。スピードもあったしね。川澄が蹴った瞬間に、決めるという自信はあった?

澤:あのときも無意識です。点を取ってるときはいつも無意識なことが多くて、ゴールを見たら「あ、入ってる」っていう感じです。でも「チャンス!」と思うといつも絶対外します。簡単なやつも全然ダメです。あの時も全く無意識でした。

賀川:蹴られた瞬間に、ポジションに入るというだけですね。宮間(あや)が蹴ったワールドカップ決勝の同点ゴールも?

澤:感覚ですよね、自分の。長年サッカーをやっていると、どこにボールが来るっていう空間察知が自然とできてくるというか。

賀川:ボランチをやってて、後ろから詰めていくけども、必ずしもそこにボールがこぼれてくるとは限らない。「来るぞ」という感覚は試合中にひらめく?

澤:相手の足の方向とか体の向きで、ボールがどこに出てくるとかっていうのがとっさに判断できるんです。「もうここしかパスの出しどころはない」というところに追い込んで、自分が取れなくても、自分がコースを限定することによって、もう一人のボランチや後ろのセンターバックが取れるように意識してやってました。

賀川:そういうのが昨日のなでしこの試合ではあまりなかったね。

澤:なかったですね。ボールの奪いどころがどこなのかが伝わらないというか、「ここで奪う」というチームの意図が明確に見えなかったのはちょっと気になりましたね。

賀川:皆あれだけ経験積んでるんだから、わかってると思ってたけど、そうでもない?

澤:昨日の試合を振り返ると、本当に「この試合に勝たなきゃいけない」と、死にもの狂いでやった選手が何人いるのかなと思うんですよ。もっとみんなの運動量とか、みんなのガッツとか、そういうものがあってもよかったんじゃないかな、と思うんです。自分自身も何度も経験したから、初戦の入り方のむずかしさというのも、もちろんわかっているつもりですし、彼女たちの気持ちもわかるんですけど、でもやっぱりそれを最初からできないと。

賀川:特に日本の女子サッカーは、相撲で言うたら受けて立つのではなくて、頭から当たって攻めていかないと。

澤:勝ち続けてきたときは、みんな自信に満ち溢れているし、一人か二人がそういう行動に出ると、みんながそれについて行ったんですけど、誰か一人が頑張っても、チーム全体として勝てないし、それを見て皆が同じようにできないと試合にも勝てない。オーストラリアの方が球際や、ガーンってぶつかるところは、ずっと上だったと感じました。

賀川:相手は元々そういうことを売り物にしたいチームだから、日本がひるめば余計に、そこをついてきますよね。澤さんは、これからはそういうアドバイスをする立場になって来るね。

澤:でも言わなくてもみんなわからないとだめですよね。代表選手なので。今のメンバーはワールドカップとかオリンピックを経験している選手も多いから、絶対できるはずなんです。だけど今、いろんなことがうまくかみ合っていないかな、とは思いますね。

女子サッカーのレベルを上げていくために

賀川:女子サッカー全体が相当なレベルに達しているけれども、もうひとつ上の澤さんのレベルに引き上げるために、一体何が必要と思いますか。

澤:私よりうまい選手なんて、なでしこにもたくさんいます。でも、メンタルの強さは絶対必要だと思うし、気持ちを持っていてもそれを実際に行動に移さなきゃ全く意味ないですね。うまくいかなかったときに選手同士でどれだけ試合の中で修正できるかっていうのも大切ですよね。他のチームもレベルアップしていますし、日本もすごく研究されていますし、今までやってきたのと同じじゃ勝てなくなりますから、何かを取り入れないと進歩はないなと思います。

賀川:INACにしても、あれだけ実績のある選手がそろっているのに成長が見られない。さらに上に重ねていくのは相当難しいことだと思う。今日はそう思って澤さんの子供のときの話を聞いているんですよ。男の子とずっと一緒にやっていることもあって体は強い方だったでしょ?

澤:小学校のときは女の子の方が成長が早いから、チームの中で背の高さも上から2番目で体も大きい方でした。

賀川:今は大きい子が随分増えたけども、今後は体格のある選手のなかでテクニックを身につけて伸びていく素材を発見していかなければならない。

澤:ただうまいだけの選手だったら世界では通用しないし、サッカー以外の人間性も含めていろんなことが大切ですね。私は男子と一緒にやっていましたが、高学年になると男子が女子を意識して、こっちとしてはいやな時期もあったんですよ。仲間外れという意味ではありませんが、二人一組で女子と手をつないでストレッチするのに男子側に抵抗があったりして、そういう風に男子が私に接してくるのを、残念に思っていましたが、お互い思春期だから仕方がなかったし、でも最終的には男子と一緒にサッカーやってよかったなと思います。技術もスピードも女子にないところがあったし、あとメンタルがすごく鍛えられました。すごく(笑)。

賀川:なるほど。

澤:女の子がもう一人いたらそこに逃げ道を作っていたかもしれないですけど、私ひとりだったので、どうやって男子と仲良くしてコミュニケーションをとろうかと考えていたので、そういうところでメンタルは鍛えられました。ベレーザに入ったときも、主力は10歳ぐらい上のお姉さんたちだったから、そのギャップもずっとあって、どうやって付き合っていったらいいかすごく考えました。

賀川:ベレーザのお姉さんたちは皆上手かったしね。

澤:上手かったです。私はフィジカルトレーニングも一番ビリで。お姉さんたちと比べたら身体も出来上がってなかったので、腹筋もできない、筋トレもできない、足も遅い。小学校の中で自分が結構できるほうだったので、そのギャップにもう戸惑って、練習が終わったらいつも泣いてました。

賀川:どうやって解決したの?

澤:私がいつも泣いていたので、最初のうちは野田さんとか高倉さんとかが「大丈夫?」「どうしたの?」とか言ってくれてたんですけど、途中からは「また泣いてるの?」みたいな(笑)。でもとにかく練習することしかできなかったから、いつも練習が終わった後に一人で壁に向かってボール蹴ったりとか。あと、今思うとすごくよかったのは、私褒められて伸びるタイプなんですよ(笑)。だからとにかく褒めてもらいました。

賀川:それはよかったね。ベレーザはそういうところやね。日本の女子サッカーは、とりあえずある程度は普及した。普及したと言ってもフランスやドイツなんかから見たら人口もまるっきり違うけれども、それだけでも昔よりはずいぶん層が厚くなった。それを今度は維持したり、もっと増やしたり、レベルを上げていくためには、これから何を?

澤:競技人口を増やすのももちろんですが、子供たちが女子サッカーにあこがれるように、まずは結果を残さないとだめですね。親が子供にやらせる時に、例えばゴルフのようなお金を稼げる競技を選ぶこともあるでしょうけども、女子サッカーでもお金を稼ぐことができて食べていけるようにしていかなきゃいけないですし、そのためにしっかり結果を残さないといけないっていうのはすごく思いますね。

賀川:それはやはり、なでしこが先頭に立たないと。

澤:そうですね。実際にワールドカップで優勝したり、オリンピックに出たりして、女子のサッカーの環境もすごくよくなりましたし、だから、結果がすべてなんだと本当にいつも思います。

賀川:まぁアメリカなんて強くないと応援してくれないもんね。

澤:アメリカ代表は結果も求められますけれども、強いから宣伝もすごかったりするし、それを見る子供たちも「ワンバック選手みたいになりたい」とか「(アレックス・)モーガン選手みたいになりたい」ってあこがれますよね。

賀川:日本も澤さんみたいな選手をたくさん作ったらええだけのことやけど、それはなかなかできない。

澤:私もどうやってこうなったのかあまりわからないんですけど(笑)。

賀川:釜本が監督をやめてしばらくして、「釜本、お前の仕事があるやろう。もう2人か3人『釜本邦茂』を作ったら世界中がびっくりするし、日本中が喜ぶのに」と言ったことがあるんですよ。澤さんはこれから何が一番したいですか?

澤:今年一年はゆっくり、仕事もいただきつつ、いろんなことをやって勉強しながら、「じゃあ何がやりたいのかな」って言うことを見極めていきたいと思います。結婚もしたので生活をちゃんとさせてからいろんなことにチャレンジしていきたいと思いますし、当面はそんな感じです。将来的には東京オリンピックに関わる仕事はやりたいと思います。宮間選手も言っていた「女子サッカーをブームじゃなくて文化にする」というためにも、少しでも女子の環境がよくなるように。いろいろなことを経験しながら、最終的にこういうことがやりたいという道がひらけたらいいかなという感じです。

賀川:これまで大部分の時間をサッカーに割いてきたわけやからね。

澤:サッカーで成長させてもらったので、今度はサッカーに恩返しをできればと思っています。それしかできないです。

賀川:一番経験もあるし自信もあるし、言葉もできるわけだからスポーツの国際交流の場に行くというのもありますよね。日本を代表してね。

澤:そうですね、そうなると英語の勉強もしなきゃいけないし勉強ばっかりですね。

賀川:勉強するのは嫌いじゃない?

澤:勉強は嫌いじゃないです。でも学生時代はサッカーに没頭していたので、なかなか学校に行けなかったので、もっと勉強したかったと思いますね。

「PK、いいよ」の裏話

賀川:一番楽しかったゴールはどのゴールですか?

澤:ワールドカップの決勝のゴールはすごくうれしかったなぁ。

賀川:これは誰もが得難い経験やね。メッシでも…

澤:メッシはワールドカップ優勝してないですからね(笑)。あれはもう一生忘れられないゴールだと思いますね。それをワールドカップの、しかも決勝で。

賀川:しかもあれだけうまいこと入ったゴールもそうないよね。宮間はもうちょっと上に蹴るつもりやったかもしれんけど…

澤:代表で決めたゴールの最後のほうって、(宮間)あやからのパスばかりですよ。彼女はキックの質、種類がたくさんあります。高さではアメリカに勝てないなと思ったから、ニアのちょっと速いボールを意識して。あやがコーナーキックを蹴った瞬間は、自分で直接入れるっていうつもりもなくて、「角度を変えて」っていう感じでやったらそれが入っちゃいました。

賀川:あの試合でもう一つ面白かったのは、みんなが寄って「さぁPK戦や!」というときにテレビを見てたら、「PKは私、いいよ」。

澤:そう、私の名前が4番目に入ってたんです。もう「無理無理!」って言って。「ワールドカップだよ?外せないよ、私」って。

賀川:あのときの感じがね、ものすごくフランクでね。

澤:普通、PKだったら「やだなぁ」って感じですけど、同点に追いついたということもあって、日本の方が勢いがあって、みんな笑顔でした。アメリカはみんな顔がこわばっていたし。あの時はチームの雰囲気がすごかったですね。

賀川:「私無理よ、私PKいいよ」という感じでぱっと言ったでしょう。それで全体が明るい感じになった。

澤:そうですね。みんな「澤さんずるい!」とか言って(笑)。「得意な人が蹴ればいいよ」って感じでしたけど。でも佐々木監督も「澤はお仕事したから、じゃあ自信あるやつが蹴れ」って言ってくれて「助かった〜」(笑)

賀川:あれでねぇ、気分がほぐれたのがすごいなぁと思ってね。わざとほぐれるような言い方をしたのかと。

澤:いやいや、もうそうじゃなくて、自分がほっとしただけです。PKから逃れて本当にほっとしました(笑)

(2016年3月)


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